
一、座右の
銘

万有を愛護し、万物を育成する天地の心を以て、我が心としよう。
心身を統一し、天地と一体となる事が我が修行の眼目である。
心身統一の四大原則
一、臍下の一点に心をしずめ統一する。
二、全身の力を完全に抜く。
三、身体の全ての部分の重みを、その最下部におく。
四、氣を出す。
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二、我が人生の存在価値

我が生命は天地の氣より生じたのである。草木動物としてではなく、万物の霊長としてこの世に生を享けた事を感謝しよう。
天地の生成発展の大経綸に参画し、我が使命を完遂する事を誓おう。
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三、氣に合するの道

絶対の天地は一つ、これを称して氣という。我が生命も肉体も、天地の氣より生じたのである。
我れ、天地の理を学び、天地と共にあり、何をか憂い何をか怖れん。 我が進む道は、如何なる障碍苦難もはばむ事の出来ない天地の大道である。
自らかえりみて縮くんば、千万人と雖も我れ征かむの氣概をもとう。
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四、心身統一

心身は本来一如である。
氷山の一角のみを我が力と思い、その非力を嘆くこと勿れ。
心身を統一し、天地に任せ切った時、人間本来の偉大なる力を発揮出来るのである。
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五、臍下の一点

天地は無限の半径で画いた無限の円周である。これを集約したものが我れであり、更に集約したものが臍下の一点である。
我れは、天地の中心の一点を、下腹に包蔵しているのである。
この一点に心をしずめて統一し、天地に向って無限の氣を発しよう。
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六、リラックス

徒らに不要の神経を煩わし、毛細血管を収縮し、体内の不純物を除去する道をとざし、諸々の病いに苦しむのが世の人の常である。
リラックスこそ、不老長寿の妙薬である。事に臨んで動ぜず、常に春風駘蕩たる、真のリラックスの道を世の人々に知らしめよう。
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七、落ち着き

物体の重みが、その落ち着く可き所、即ち、最下部に落ち着いた身体の状態を落ち着きという。
月来れば月映じ、鳥来れば鳥映ず。波静まった水面の如く、万物明らかに映ずる心の状態を落ち着きという。
人間は本来落ち着いているのが当り前である。この理を悟ってこそ、真の落ち着きを得るのである。
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八、プラスの人生

絶対の天地は一つである。ここに二つの相反する作用が現われ、相対的世界が生じたのである。
これを東洋では陰陽の理といゝ、西洋ではプラス・マイナスという。
明るい活き活きとした人生をプラスといゝ、陰氣なじめじめした人生をマイナスという。以後一切のマイナスの観念を排除し、プラスの人生に邁進しよう。
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九、潜在意識

現在意識は、過去の経験知識の集積である、潜在意識より出された材料によって組立てられる。
我が心の倉庫である潜在意識に、以後一切のマイナスの事柄を入れることを止めよう。
常にプラスの氣を堅持し、積極的精神で我が人生を闊歩しよう。
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十、争わざるの理

絶対的天地に争いはなく、相対的世界にのみ争いは生ず。
我れ、心身を統一して天地と一体となり、天地の理を実行するならば、人自ら我れに従う。
生存競争、弱肉強食という勿れ。真の成功の道は、争わざるの理、即ち、平和への道と全く同一の道である。
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十一、氣の本質

総て物を計るには、1を以て始めとす。これを無限に集約しても、遂には零とはならない。零より1は生じ得ないからである。
この無限に小なるものゝ、無限の集合体を総称して氣という。
天地の氣を集約したものが我れであり、更に集約して臍下の一点となり、更に無限に集約して止まることなき所、始めて、天地と一体となり、氣の本質を体得し得るのである。 |
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十二、氣の体操法

静中の統一は未だ易し。動中に尚統一を乱さざるが真の統一である。
氣の体操法は、常住坐臥、常に心身統一を保持する為の運動である。
これを日常万般に活用してこそ、総てに於いて人間最高の能力を発揮出来るのである。
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十三、静動一致

コマが激しくまわる時静に帰する如く、静は動の極致である。
台風の眼の静かなる如く、動は静によってその力を得る。正に静動一致である。
常に臍下の一点に心をしずめて統一してこそ、忙中閑を生じ、大事に臨んで平常心を失わず、事に臨んで、驚天動地の働きを成し得るのである。
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十四、不動心

真の不動心とは、動かざる心ではなく、あまりに動きが強く極小になって、動かざる状態に無限に近くなっていく状態、即ち、無限の動を含む静の状態である。
この極小になっていく無限の動きに総てを吸収し尽して、始めて、万山崩るゝとも動ぜざる不動心を得るのである。
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十五、氣の呼吸法

出づる息は天地よろず世に及び、入る息は腹内の寸分のうちにおさまる。氣の呼吸法は、心身統一の秘法である。
夜来、天地静まり寂として声なき時、独りこれを行えば、我れが天地か天地が我れか、即ち、天地と一体となる至妙境に至る。
この時、人間本来の生命力が、最高に活動するのである。
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十六、氣圧法

我れは心身統一の法を学び、
氣の呼吸法を会得し、天地の氣を、何時如何なる時と雖も五体に吸収し得る秘法を会得している。
井戸のポンプの水が跡絶えた時、呼び水を以て新たに水を引き出だす如く、病苦悲運に苦しむ人々に、我が氣を以て補い、幸福の道に再出発せしむる転機を与えよう。
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十七、霊性心

我々人間は、天地と直結する心を与えられている。これが霊性心である。
水定まって月明らかに映ず。心静まった時、霊性心が照々乎として発露するのである。
この心一度び発するや、如何なる煩悩邪欲もその影をひそめ、万有愛護の天地の心が輝き出づるのである。我が霊性心を磨き出そう。
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十八、求道心

天地の道を明らめ、天地の道を実行せんとする心、これを求道心という。
犬猿如何に怜悧なりと雖も、遂に天地の心を知る能わず。独り人類の有する特権である。幸いなるかな求道心のある者、これ正に万物の霊長たる資格を有する証左である。
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十九、念の力

一念凝る所巖をも透し、一念発する所風雨雷霆をも叱咤する。この心何処より発するや。大事を成就せし者は、必ずこの力を体得せし者である。
分子より原子電子と、心の波を無限に極小に鎮めて統一し切った時、 天地に通ずる偉大なる念の力を生ずるのである。
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二十、陰徳

1を無限に縮小しても零にならぬ如く、一つの言動も、一旦発せられたる以上永久に消える事はない。
善因善果、悪因悪果となって、必ず我が身にかえる。
我が幸福、子孫の繁栄を願う前に、人の見ざる所、報いを求めざる所に善因を積まねばならぬ。これを陰徳という。
而して陰徳の最たるものは、天地の道を行じ、人を導いてこれを行なわしむる事である。
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二十一、説道

利己の人にて大道を成就するものはない。天地の理を悟り、天地の大道を会得したならば、これを普く世に知らしめる義務を天地より与えられている。
我れに人を救う力なしという勿れ。一日学べば既に一日の師である。世には、道に迷い、心の病いに苦しむものが充満している。
我が全力を尽し、人の為に正しきを説こう。
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二十二、氣のテスト

心は色もなく、匂いもなく、形もなく、捉えようもないもの。
しかし、心身は一如である故に、捉えられる身体をテストする事によって、捉えられない心の状態を知ることが出来る。これが、氣のテストである。
氣のテストは強弱を論ずるテストではない。これを行う者は、先ず、自ら心身を統一し、正しいテストを行い、相手に心の状態を知らしめる事が肝要である。
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